キリスト教会での断食(ファスティング) | 断食宿(ファスティング)は猫がいる断食道場ねこ

日々の疲れから慢性的な食べすぎになっているといわれる現代人。

これから超高齢社会になるにつれてさらに健康が大事になってくるであろうと推測できます。

私は、断食(ファスティング)を薦めて、宿までオープンしてるのですが。。

歴史が好きな私は、宗教の中での断食(ファスティング)などがどのような立ち位置なのか?とかもたいへん気になります。

キリスト教会では断食は以下のような感じみたいです。

・特別な「導き」を求めて断食する 何でもいいんですが、人生における転機、たとえば進学とか就職とか、転職とか、献身とか、そういう割と大きな決断をするときに、しばらく断食します。ただしその結果、何らかの答えが与えられるとは限りません。

・重要な「お願い事」があって断食する たとえば重い病気に罹ったとか、仕事で失敗して解雇されそうだとか、大きな借金を抱えてしまったとか、そういうシャレにならない事態に直面したときに、しばらく断食します。ただしその結果、問題が解決するとは限りません。

・集会などのイベントの前に皆で断食する 規模の大きい伝道集会を開く前なんかに、その集会の祝福なり成功なりを祈願して、皆で断食します。皆と言っても、全員で一斉に断食するのではありません。たとえば今日の朝は私、昼はあなた、夜は彼、明日の朝は彼女、みたいな感じで、担当を決めて分担していきます。「連鎖断食」と言いますね。ただしその結果、集会が成功するとは限りません。

・「霊の戦い」に備えて断食する ダニエル書10章に、ダニエルが特別な「啓示」を受けたとき、3週間の断食をしていた、という記述があります。このことから、「霊的な働き」をする際は断食が有効なのだ、みたいな解釈があります。ただし本当に有効かどうかは立証されていません。

私は、スピリチュアリストで山岳信仰や仏教に近い宗教観を持っていますが、やはり他の宗教でも、断食は神に近づく行為として認識されている感じがします。

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